カーボンボンネット タイムアタック スペシャル ②

2010年02月10日(水)

昨日、見て来ましたよ~、物流で!!

なにがって、退院祝いのダブルカーボンのボンネットを。

 

 

 

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写真のように、表は、普通のカーボンボンネット。

でね、裏を見たときの感想を

一言でいいますと、 「ウオッ~」 てな感じです(マジですよ、マジ)。

「なんのこっちゃ~」 って??

いや~、見たら興奮しますよ・・・、絶対に。

ということで、写真も撮ってきましたので、お見せしましょう!

本邦初公開! カーボンボンネット タイムアタック スペシャル!!

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これは、もう言葉になりません!

間違いなく、一目ボレです・・・・・。

でも、ボンネットを持ったときは、あまりにもの軽さに、もっと驚きました。ハイ。

コレって、量産できないのかな・・・・・。

(また、田中の悪い虫が・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

ZONE
REV SPEED 取材 in 本庄サーキット

2010年02月10日(水)

昨日は、本庄サーキットで

取材でした。

 

SA浜松さんの

ご依頼で、Z34 用

ZONE ブレーキパッドのマッチング確認。

 

 

でね、使用した車輌は、

SA浜松さんのデモカーと思いきや、

 

 

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木下みつひろ選手 のマイカーでした!

 

 

 

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まずは、純正パッドで走行し、

 

 

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次々と、ZONE のブレーキパッドを投入。

 

 

 

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走っては、コメント取りを繰り返し、

 

 

 

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ま、最後は、こんな感じに。

 

 

 

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(やっぱり、田中、痩せましたよね~)

(後ろに写っている、変なオッサンは、無視無視・・・・・)

 

 

 

 

また、マッチング確認と同時進行で、

撮影(通称 ブツドリ)も、順調に進みましたが・・・・・・、

 

 

 

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やはり、この日も、

SA浜松 スポーツ担当の

鈴木さんのジーンズは、

 

 

 

ファンキーでした・・・。

 

 

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いったい、どこに、売っているのだろう・・・・・・。

ZONE
今週から、仕事に復帰です!

2010年02月08日(月)

療養も終わり、

今週から、仕事復帰です!

 

まだ、絶好調には程遠いですが、

仕事は、山積み・・・・・・。

 

ということで、今週から、

元気に?仕事へ復帰しました。

 

 

でね、今日は、

療養中に、思いついた

2つアイデアを実行するため、デザイナーと

いろいろ打ち合わせを行ってます。

 

 

両企画とも、みなさんとの

距離が、ググッと、近くなり、

きっと、楽しい企画になると

思いますね~。ハイ。

(クスクス・・・)

 

 

 

さぁ~、復帰早々ですが、

明日は、本庄サーキットに出張です。

 

Z33用に

ZONE の専用摩材を

取扱いいただいている、

SA浜松の鈴木さんが、

今度は、のZ34用をバリエーションされるので、

その開発テストで、出動となりました。

 

 

マニアな木下みつひろ選手?に、

納得いただけるよう、

また、新しい摩材も作りましたので、

準備は万端!

 

 

病み上がり & 極寒の中

明日も元気に、頑張ってきます!!

ZONE
BBS鍛造ホイール誕生の歴史③

2010年02月06日(土)

さあ~、いよいよ、

鍛造アルミホイールの製造がはじまりました。

 

 

そこで、「ワシマイヤー社」 が、

パートナーに選んだ会社。

 

それが、当時ドイツのモータースポーツ界で、

モータースポーツ用パーツメーカーであり、

ホイールサプライヤーであった、「BBS社」 なのです。

 

ちなみに、社名は、

元カーレーサーのバウムガルトナー(B)、

共同出資者のブラント(B)、

そして、街の名前である、シルタッハ(S)

の頭文字から、「BBS」 と、なったということです。(豆知識・・・)

 

 

 

小野氏のラブコールで、

来日したバウムガルトナー氏は、

ワシマイヤーの工場を見学すると・・・・・、

即断で、提携を決めたといいます。

(それほどまで、すばらしい技術力だったそうです)

 

それからの、「ワシマイヤー社」 の功績は、

みなさんも、よ~く、ご存知ですよね。

 

当時、不可能といわれていた、

メッシュデザインの鍛造ワンピースホイールが生まれ、

レース用として、

数々のマグネシュウム鍛造ホイールが生まれました。

 

結果、フェラーリをはじめとする、F1チームでの

最大シェアーのホイール製造メーカーとなったのです。

(以来、数々のテスト機関にて、世界最強の称号が与えられ続けています)

 

もちろん、この間に、鍛造方法も、どんどん進化し、

世界中で、ワシマイヤー社しかできない、

密閉鍛造技術をはじめ、

鍛造機も、現在では、9000トンなんて、

すさまじい、ものまでもあります。

 

今でこそ、 BBS = 軽くて強い、

世界最強の鍛造ホイールメーカー

というイメージが強いですが、

これらの鍛造ホイールは、

すべて、富山県高岡市にある、

ワシマイヤーという工場が製造しています。

 

もちろん、F1のホイールも、

BBS マークのものは、

すべて、ワシマイヤーで製造されています。

 

いまでは、数社が、F1用鍛造ホイールを製造していますが、

ワシマイヤー社は、

いち早く、自動車用アルミホイールに鍛造技術を投入し、

試行錯誤の結果、数々の特殊技術を生み出しました。

(現在、これらの技術は、特許に守られています)

 

そして、その技術力は、

今もなお、進化し続けている、脅威の技術集団なのです。

 

また、このワシマイヤー社も、

日本BBS(BBSの日本法人)も、

小野氏が会長を勤める、小野グループ(本社 福井市)の

配下の企業となっています。

 

いや~、さすが、ものづくり大国、日本!

やっぱり、スゴイ製品には、スゴイ歴史があるんですね・・・。

 

以上、BBS 鍛造ホイールの生い立ちでした。

 

 

 

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ZONE
BBS鍛造ホイール誕生の歴史 ②

2010年02月05日(金)

では、昨日の続きを。

 

トーメンを円満退社し、

スタートした新会社は、

最初の数年は膨大な赤字となりましたが、

クォリティの高い、ドイツ製の紡績機械は、

徐々に売れ始め、

数年で、他社を圧倒する存在になったそうです。

 

 

「品質の良いものは、必ず売れる」 という、

ドイツ流商品哲学が、日本にも通用したということですね。

 

しかし、

順風が吹き始めたと思ったのも束の間、

オイルショックによる強烈なインフレにより、

負債は膨らみ、会社の経営は、危機を迎えたそうです。

 

おまけに、当時は、金融引き締め政策があり、

ドイツからの資金流入が許可されず、

かなり厳しい状態・・・・・。

 

でも、「良いものは必ず売れる」 という、

小野氏の人生哲学と、

社員の方々の頑張りで切り抜け、たそうです。

 

そんな中、小野氏は、

富山県高岡市に、

「ワシマイヤー」という会社を設立しました。

 

この会社は、

カール・マイヤー製の機械に使用する、

アルミ大型ビーム

(ミシンに使用する、糸巻きボビンの巨大なもの)

の製造を担当します。

 

 

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こんな感じの製品です。

 

 

この、アルミ大型ビーム(鋳造品)は、売れに売れ、

シェアーの90%を持つことになりましたが、

その後に、ドイツから、軽くて丈夫な鍛造品が

輸入され始めると、シェアーは逆転しました・・。

 

理由は、この糸巻きビームは、

約30インチの直径と大型で、

そこに、糸が巻かれると、100トンにも及ぶ、

側圧圧力がかかることから、

強度と軽さにアドバンテージがある、

鍛造品が主流となったのです。

 

このころ、日本には、鍛造で、

糸巻きビームを作る技術がありません。

 

そこで、小野氏は、

この糸巻きビームを鍛造で作る

プロジェクトを立ち上げました。

(なんとな~く、BBS鍛造ホイールの匂いがしてきましたね~)

 

 

まず、試したのが、「溶湯鍛造」という技術。

アルミをチョコレートのように半分解けた状態にして、

鍛造する手法なのですが、

強力な圧力でアルミを押し付けるからできる、

鍛流線もできず、

強度的にもドイツ製に敵いません。

(でも、昭和40年代に、すでに、溶湯鍛造を試していたのには、ビックリです!)

 

そして、幾度となく、試行錯誤を重ね、

セクション鍛造という技術が生み出されます。

これは、体重の軽い女性でも、

ハイヒールで踏まれたら痛いのと同じように、

圧力をかけるポイントを小さくする手法です。

 

そうです、1千トンの鍛造機から、

3万トンの鍛造機と同じ製品が

作れるようになったのです。(特許取得)

 

ここまで来ると、この先は、

なんとな~く、理解できますよね。

 

そうです、この鍛造技術を用いて、

自動車用アルミホイールの製造が始まるのです。

 

つづく

 

 

 

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ZONE
BBS鍛造ホイール誕生の歴史 ①

2010年02月04日(木)

なんとか、先週末に退院した田中です。

 

でも、まだ、体調が・・・、

まったく戻りません・・・・・。

 

ということで、まだ会社には、

出社できませんので、

自宅で、BBSホイールのことを

ブログに書こうと思います。

 

今日は、BBS鍛造ホイールの歴史

第一回目です。

 

 

まずは、鍛造ホイールのルーツから、

ごゆっくり、お楽しみ下さい!

 

 

 

BBS鍛造ホイールのルーツは、

1932年 北海道旭川市に、生まれた、

小野光太郎 氏 から始まります。

(なんと、お父さんは、教会の牧師さんです)

 

小野氏は、学生時代、

授業料をアルバイトで稼ぐという、ゆわえる「苦学生」。

 

明治学院大学(経済学部)を卒業後に、

大阪の総合商社「トーメン」に入社。

 

特に目立った存在ではなかったようで、

結婚後も、2DKの公団住宅に住む、

平凡なサラリーマンだったそうです。

 

でも、そんな平凡な生活を一変する、

チャンスが小野氏に、到来します。

 

 

それは、社内で、

海外要員試験制度というものが発足。

 

小野氏は、これを、BIGチャンスと捕らえ、

日夜、英語と貿易実務を懸命に勉強しました。

(このあたりが、なかなか、私のような凡人には、真似ができない・・・・・)

 

そして、努力の甲斐あって、422人の志願者中、

わずか24人の合格者の一人となったのです!

 

その後、小野氏の担当は、

ドイツ「カール・マイヤー社」 の国内担当となり、

日本とドイツを往復する、日々が続きました。

(この会社は、自社で紡績機械を作っている、大メーカーです)

 

小野氏の仕事ぶりは、

周囲の目を見張らせるものがあり、

次第に評価も上がっていった、ある日。

 

社長のカール・マイヤー氏から呼び出しがありました。

内容は、紡績機械を取り扱う、

「カール・マイヤー社の日本拠点を任せたい」 ということでした。

 

そう、カール・マイヤー社 日本支店の社長に

なるということです。

そこで、用意されたお金は、

なんと、10億円!

 

昭和43年当時の10億円ですから、

今のお金でいうところ、

約100億円です。

(もちろん、担保も、保証人もなし!)

 

 

いやはや、なんだかすごい話になってきました・・・。

続きは、また、明日にでも。

 

 

 

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_その他_
ご心配おかけしました。

2010年02月01日(月)

みなさんこんにちは。

土曜日の夜に退院した、田中です。

 

 

一週間前の日曜日の深夜、

突然、おなかが、痛くなり、

そのまま、入院・・・・・。

 

入院当初は、痛みとの戦いで、

ヘトヘトでしたが、

木曜日あたりから、痛みもとれ、

血液の炎症反応の数値も、

下がったことから、

晴れて、土曜日の夜に、

退院できることになりました。

 

 

でも、先週末は、

SA八王子さんで、イベントがあったのに、

田中は、不参加・・・・・。

 

では、申し訳ないと思い、

昨日の午後に、出没してしまいました。

 

 

 

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さすがに、クルマに乗るパワーは、無く・・・、

同乗走行は、すべてこの人に、お願い・・。

 

 

 

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そう、GTドライバーの峰尾選手 です!

 

 

話を聞くと、あまりにもの盛況ぶりに、

土曜日も、日曜日の午前中も、

ほとんどクルマを降りることなく、

走り続けてくれたようです。

(感謝! 感謝!)

 

 

それから、タッシーには、ECU の書き換えで、

かなり、頑張っていただき(書き換え件数、レコード樹立!!)、

 

高橋氏も、ダンパーの説明と、

少しでも、みなさんが、お安くパーツを買えるように、

峰尾選手にプレッシャーをかけ続けてくれました。ハイ。

 

 

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(写真、右側は、APR 社長 の金ちゃん)

 

 

また、日曜日には、望月さんが友情出演?で、

駆けつけてくれ、ほぼ、オールメンバー。

 

でもね、このメンバーを見ていると、

峰尾選手が、チトかわいそう・・・。

 

だって・・・、

 

高橋氏  →   峰尾選手所属チームの監督(GT300)

金ちゃん →   峰尾選手所属チームの社長(GT300)

望月さん  →  以前、峰尾選手所属チームのチーフ(インテグラ ワンメイク)

タッシー   →  峰尾選手所属チームのエンジンエンジニア(複数車輌)

田中 →  先輩ドライバー

 

このメンバーを相手に、イベントするわけですから、

峰尾選手、倒れるまで、頑張るしか、

手がありませんよね~。

 

オマケに、みんな、強引なことと、

好き勝手なことしか言わないし・・・・・。

 

いやはや、今回のイベントの

一番の功労者は、峰尾選手、

あなたかもしれませんね・・・。

(ホント お疲れ様でした!)

 

 

でも、峰尾選手の頑張りがあったからか、

イベントは、大盛況の 大成功で、

幕を閉じたのであります。

 

ご来店いただきました みなさま、

そして、商品をご購入いただきました みなさま、

本当に、ありがとうございました。

 

 

 

SA八王子店は、峰尾選手が、

スポーツ担当として、常勤しておりますので、

今後、TM-SQUARE 商品をはじめ、

弊社商品のことであれば、

どんなことでも、ぜひ、ご相談くださいね。

 

あの長時間、同乗走行を頑張ってくれたのですから、

TMーSQUARE の商品知識は、

バッチリだと思いますので!!